塩貝健人の高校や生い立ちは?成績やポジションなど徹底解説!

塩貝健人の高校や生い立ちは?成績やポジションなど徹底解説!

ブンデスリーガでプレーしている塩貝健人選手。2026年のワールドカップでは日本代表史上二番目の若さで代表に選出され、オランダ戦では同点の立役者となるプレーを見せました。

今回は塩貝健人選手の高校や生い立ち、成績やポジションなどを調査しましたよ!塩貝健人選手はどのような半生を送ってきたのでしょうか?

塩貝健人の生い立ちや経歴

塩貝健人選手の生い立ちや経歴、プロ入り後の成績などを紹介していきます。

横浜FCジュニアユースでプレーするも試合に出れない日々が続く

東京都で生まれた塩貝健人選手は、小学校時代は月島ポーラベア、バディSC江東でプレー。中学では横浜FCのジュニアユースでプレーしました。

しかし、当時の塩貝健人選手は試合にほとんど出られなかったといいます。若かった塩貝健人選手は試合に出られない理由を監督やコーチに求め、練習態度も褒められたものではなかったそう。罰として体育館掃除をさせられたこともあったそうです。この時の経験が後の塩貝健人選手の反骨心を育てていたといいますよ。

國學院大學久我山高校へ進学

ユース昇格を果たせなかった塩貝健人選手は、スポーツ推薦で國學院大學久我山高校へ進学します。強豪校へスポーツ推薦入学を果たしたものの、そのスタートは4軍から。塩貝健人選手が言うには、3軍相当の区分より更に下に落とされたことにムカつきすぎて完全にスイッチが入ったのだとか。

高校入学以降に筋トレを始め、フィジカル面で同世代相手に負けることが無くなり、更に足も速くなり格段に変わった塩貝健人選手。高1の終わりまでは一番下のチームにいたものの、二年時にはトップチームへ駆けあがり、三年時はキャプテンを務めましたよ。

全国高等学校サッカー選手権大会を機に知られる存在へ

キャプテンとなった塩貝健人選手は、これまで筋トレをする習慣がなかった久我山に筋トレの文化を持ち込み、キャプテンとしてみんなを無理やり連れていきスパルタスタイルでチーム力を上げて行きました。

3年冬の全国高等学校サッカー選手権大会東京予選準決勝では、難敵の帝京相手に個人としては2得点を記録、チームも勝利して本戦へと出場し、塩貝健人選手の名は全国区へ。高校選抜にも選出されました。

AO入試で慶應義塾大学へ

高校選抜に加わったこともあって、サガン鳥栖など複数のプロクラブから練習参加のオファーを受けた塩貝健人選手。2023年4月からはAO入試を利用する形で慶応義塾大学法学部政治学部に進学し、体育会サッカー部に入部。同年の関東大学サッカーリーグ戦で15得点を記録し、3部得点王、クラブ3部優勝に貢献と、大学サッカーでも順調に結果を出しましたよ。

2024年1月に横浜Fマリノスへ加入内定

すると、大学入学から1年経たない2024年1月にJリーグの横浜・F・マリノスへの加入が内定、特別指定選手認定が発表されました。2024年4月10日にJ1リーグ初出場を果たし、そこから中二日で行われた試合では初スタメン、その試合でJ1リーグ初得点まで記録しました。

2024年シーズンの横浜・F・マリノスでの成績は、リーグ戦7試合出場で1得点というものでしたよ。

NECナイメヘンへ移籍

そしてなんと横浜・F・マリノスでのデビューから約半年という2024年8月28日に、オランダのトップリーグ、エールディヴィジのNECナイメヘンへ移籍することに!オランダ・NECナイメヘン加入の際には2028年夏までの4年契約を結び、大学は休学、サッカー部は退部しています。NECナイメヘンでは2024₋2025シーズンにリーグ戦25試合に出場して4得点、オランダのサッカーカップ戦であるKNVBカップでは2試合に出場して1得点を記録しましたよ。

VfLヴォルフスブルクへ移籍

2026年1月20日、今度はドイツ・ブンデスリーガのVfLヴォルフスブルクに移籍します。ドイツ・ブンデスリーガと言えば、世界サッカー五大リーグの一つに挙げられるリーグであり、世界中のサッカー選手が目標とするリーグの一つですよね。その地に塩貝健人選手は、移籍当時なんと二十歳で挑戦することとなったのです。ヴォルフスブルクは契約解除条項に定められた推定950万ユーロの契約解除金を支払って獲得したと報じられています。

2025₋2026シーズンには、シーズン途中の加入ながらリーグ戦12試合に出場し、1得点を記録しています。

代表歴

2023年、まだJリーグでプレーする前だった塩貝健人選手は、U-18日本代表に招集され、9試合に出場しています。同レギュレーションで4得点を記録する活躍を見せていたのですが、2024年にはU-19日本代表で7試合に出場、6得点を記録するという驚異の得点率をたたき出しました。

A代表でも活躍

まだU-23などの世代別代表に出場できる年齢でありながら、2026年3月のキリンワールドチャレンジで自身初のトップチーム、いわゆるA代表の試合に出場しました。2026年のFIFAワールドカップでも日本代表に名を連ね、6月14日のオランダ戦では後半39分から途中出場を果たしました。当時、塩貝健人選手は21歳80日、歴代の日本代表の中でもこの史上二番目の若さでのワールドカップデビューとなりました。

1対2、ビハインドの後半39分という絶望的な状況で出場することとなった塩貝健人選手はオランダの強固な5バックを切り崩すべく、自慢のスプリントで躍動。相手の守備を崩すきっかけを作り、日本の同点ゴールへと繋げましたよ。

塩貝健人選手のポジションは?

塩貝健人選手のポジションはフォワードです。主にセンターフォワードを務め、自らゴールを決めにかかるだけでなく、快速で守備をかき乱してチーム全体の得点力を向上させる役割を果たしています。

NECナイメヘンでは基本的にスタメンではなく途中出場での出番が主となっていましたが、途中出場試合での1シーズン中の得点が11点というのはエールディヴィジにおける歴代最高記録。塩貝健人選手はコアで偉大な記録をたたき出しています。エールディヴィジでのリーグ初ゴールも、ビハインドの90分に相手DFのバックパスを掻っ攫って決めたもの。試合終盤に相手の疲れた守備を切り崩せる切り札的存在なのですね。

出展:U-NEXT フットボール

最後に

今回は塩貝健人選手の高校や生い立ち、成績、ポジションについて紹介しました。ワールドカップでは強気ともとれる発言が話題にもなった塩貝健人選手ですが、そういった姿勢も学生時代からの反骨心の表れなのかもしれません。大学以降とんとん拍子でキャリアを駆け上がって行った塩貝健人選手、今後の活躍からも目が離せません!

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